気になりだしたので稲子方面(その6)
なんか仮装をした方々が..
どうやらよさこい東海道というのがお昼前から
やるらしいというのが帰ってからわかった、
TOKAIでも放送してた、知らないと何だろうと思うわな。
踊りなんて、あんなハードなパフォーマンスよくできるよな~
体力半端じゃないは。
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その5の続きです。
え~まあ多少予想していたと言えば予想してたが
なんか林道石神峠線は藪の中..

さっきよりは立派な橋だが、天子湖大橋ってどうなのよ


やっぱ、絵図ら的に、川がこんなだとちとさびしい。

で、橋を渡って、こちらも予想してはいたけど
ダートです、ダートの登りはいやだ。
沢というか..このガレキの放置感。
荒れてますね~
こちら側もあんま見えないんだが、
わずかに湖が見える場所が。
さっきの絵でもわかるように、こっち側のが高いです。
あ、カモシカ、撮らせてもらえなかったが
相変わらずこんなとこよく降りるよな~
ふ~やっと石神峠かな(10:19)
一応林道は終点と書かれてる。
お地蔵さんもいるし。
でも、その先も登ってる..
立派な樹もあるし、峠だと思うが、案内は。
と思ったら、なんかある。
石神峠の字があるから、やっぱ峠だろう。
っていうか見晴台ということは、
実際はここより高いんだよな?
とてもじゃないが、今日はこれを
往復1時間半かけて行く気はないです。
石神峠の案内。
この道は室町時代に開かれたのか、
さっきのが甲駿境に設置された石仏かな?
もっとよく見ればよかった。それが石神峠の由来と。
石塔を砕いて博打にって、
確か鼠小僧の墓(墨田区)とか、森の石松の墓(森町)とか
(blogにはでてきてないけど)もそうじゃなかったっけ?
あれ、そういえば前に書いた記事で..バクチノキ。
こっちは負けた場合だけど。
ふ~ん、武田も今川に対してこの道から奇襲をかけたと。
当時の国境の守備とかようわからんけど、
集落の規模とか考えると、どんな感じだったか想像つかん。
さてと、あきらめて引き続き登りでその7に続きます。
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